略 縁 起

安養寺は延暦年間伝教大師によって建てられた天台宗の古刹ですが、「吉水草庵」として歴史上大切な霊場とされるのは、法然上人が「専修念仏」を見出されて以来三十数年間,此処を根拠地として布教伝道に専念なさっておられたからです。高倉天皇の承安4年(1174)43才の時法然上人は、善導大師の「観経の疏」に出会われました。当時比叡山は南都と共に仏教の学問所で、諸大徳、学者が雲集していましたが、その中でも法然上人は知恵第一と言われ、勢至菩薩の再来とまで目された方でした。13才で比叡山に登られ、15才で出家受戒され、3年間皇円阿闍梨について天台を学ばれましたが、飽き足らず。西塔黒谷の叡空上人の門に入られ、一切経を5度も繰り返し読まれ、またいろいろな修行も積まれ、またその間、南都仏教も学ばれましたが、そこには自分を磨いて悟りを開くと言った高遠な教えや修行の方法はあっても、そのような事に耐ええない者、能力のない自分が救われる道、自己の魂の救済を見出すことが出来ませんでした。法然上人には、学べば学ぶほど、修行すればするほど、自分の限界が見えてきたのでしょう。かくして20数年間懸命に道を求めて苦しまれましたが、たまたま「観経の疏」を読む機会を得て、初めてその信念が定まりました。八万四千の法門と言われる仏教のお経や先哲が書かれた教えを読みあさる中から
善導大師の観経の疏の一文「一心専念弥陀名号、行住座臥不問時節久近、念念不捨者是名正定之業、順彼佛願故」が目に留まったのです。
「常にお名号を称えて、南無阿弥陀仏のお名号から離れないのが、仏道修行者の勤めである。是は弥陀の本願に叶う道だから」一心専念を称名念仏と捉えたのが、法然上人独特の解釈でした。
上人はその教えに従って、南都の古宗、真言、天台といった「聖道門」を捨て、経典の研鑽や自力の修行を捨て、南無阿弥陀仏の称名念仏一筋に生きる「浄土門」を選択なさいました。沢山な財宝を寄進しあるいは難解な経典を学び、肉体的にも苦しい修行に耐えてはじめて救済が得られるというエリートの仏教を、貴族も武家も無知な庶民も差別することのない全ての大衆のものとされたのです。
大無量寿経の中に阿弥陀仏がまだ修行中法蔵菩薩と名乗っておられたときに立てられた48の誓願が上げられていますが、その第18番目に「たとえわれ仏を得たらんに、十方の衆生至心に信樂してわが国に生まれんと欲して、乃至十念せんにもし生まれずんば正覚を取らじ」とあります。「お念仏する人を西方浄土に迎えよう。もし実行出来ないならば仏にならない」と誓われ、すでに阿弥陀仏として成仏なさっておられる。つまり念仏往生は十劫の昔に決定している。私たちはただあるがままに念仏さえ称えておれば、おのずから浄土に迎えられる。と説かれたのが法然上人の教え「専修念仏」です。南無阿弥陀仏は阿弥陀仏の願いに対する応答です。南無阿弥陀仏において我々は自分を発見し、無限の大慈悲を感じます。
専修念仏の道に入られた法然上人は比叡山を下りて最初は西山広谷に住まわれましたが、やがて東山吉水に移りお念仏を宣揚なさいました。かくして43才より、75才承安元年(1207)住蓮、安楽の騒ぎに連座して讃岐の国に流罪になられるまでの30数年間吉水を本拠として布教伝道なさいました。
法然上人の門下には関白九条兼実公、武家では熊谷直実、僧侶ではそれぞれ浄土宗の一派をあみ出した高僧たち、それに阿波介という盗賊もいれば、遊女、白拍子も集まり吉水禅坊は暫時発展し中、西、東の三坊に拡張されましたが、親鸞聖人も建仁元年(1201)29才の時に六角堂の観世音菩薩の夢のお告げに従って吉水に参入念仏門に身を投じられるようになったのです。
吉水の名は境内によい水の湧き出ているところがあり、その水を「吉水」と呼び、土地の名ともなり、そのほとりに庵を結ばれたので、「吉水草庵」と呼ばれました。法然上人流罪の後安養寺を復興されたのが慈鎮和尚(慈円)で、慈鎮和尚は天台座主を何度も勤めたれた高僧で、親鸞聖人のお得度の師でもありますが、吉水のほとりに弁才天を勧請なさり安養寺の鎮守とされたのです。慈鎮和尚はこの地を大変愛され自分の法華懺法を修する専門道場「大懺法院」をこの地に建てられたほどで、吉水の大師と呼ばれました。現在のお寺の名前「慈円山大乗院安養寺」は慈鎮和尚の呼び名慈円を山号とし、古くより慈をはずして円山、まるやまとも呼ばれていたので、明治19年安養寺の旧境内も含めて公園が出来たときにこの辺りで一番有名であったその名が使われ「円山公園」と名づけられました。明治以前の安養寺は現存する料亭「左阿弥」と同規模の6つの坊を持つ大きなお寺でしたが、明治初年上知され現在の規模となり六坊も左阿弥を残して消失。閑静なたたずまいとなっています。室町期の至徳年間(1384~)縁あって念仏門時宗(一遍上人開宗)の寺となっていいますが、今日でも法然親鸞両上人ゆかりの地、お念仏の根本道場として浄土宗、浄土真宗をとわず念仏信者の参詣が絶えません。